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たぬかな

2019/2/12

会社の倒産、交通事故…、女性e-Sportsプレーヤーたぬかなが振り返る半生

 昨今、e-Sportsという言葉をところどころで耳にするようになってきた。各地域で手の込んだ大規模なイベントが行われ、メディアにも取り上げられている。

 規模が拡大しているこのフィールドには、テレビゲームでの対戦ということもあり、男性プレーヤーが多数を占める。ただ、その中で活躍する女性ももちろん存在する。

 CYCLOPS OSAKA所属、レッドブルアスリートでもあるたぬかな選手もそのひとり。格闘ゲーム「鉄拳」のプロゲーマーである彼女だが、誤解を恐れずに言うと端正な顔立ちと愛嬌あるそのビジュアルからは、今の肩書が想像できない。

 なぜ彼女はe-Sportsの世界に足を踏み入れたのだろうか。

編集者 竹中 玲央奈
㈱LinkSports

3人兄弟で夜中2時までゲームをする日々

 お父さんがスーパーファミコンや初代プレイステーションを持っていて、それがゲームとの最初の出会いです。夜ご飯を食べて寝る前に、リビングに集まって、お父さんがバイオハザードをプレーするのを見ていました。

 その時はまだゲーム自体がメジャーではなかったのもあって、とにかくすごいな、怖いなと思って。見た後はひとりでトイレに行けなくなるほど。ゲームは「自分で動かせる映画」と言うイメージがありました。

 それから大きくなって、自分でもゲームをするようになりました。バイオハザードは難しいので、まずはドラゴンクエストからやろうと。スーパーファミコンのドラゴンクエスト6を初めて触ったのですが、それが始まりですね。

 兄弟間では弟とスマブラ(大乱闘スマッシュブラザース)をしたり、姉が買ってきた乙女系のゲームを一緒にやったり。兄弟でお小遣いを合わせて、幅広いジャンルのゲームを買っていました。

 3人兄弟で10畳くらいの部屋に暮らしていたのですが、そこにテレビも置いてもらっていたので、夜な夜なゲームをやる日々でした。小学生ながら夜中の2時まで普通に起きていたので、そのせいで兄弟そろって背が伸びなかったのかなと(笑)。それくらいゲームに熱中していましたね。

 早いうちにゲームに触れることができていたのは大きかったと思います。同年代の子とスマブラなどをしていても、負けることがなくて。自分でも才能があるのかなと思っていました(笑)。

 ゲームキューブが出た時に、「ナルト忍者大戦」をやっていたんですけど、私はめちゃくちゃ強かったんですよ。1対3でも勝てました。小学校高学年くらいだったと思います。その時からちょっとした感覚はあったのかなと。

 中学になってからはソフトテニス部に入ったので、ゲームをする機会は減りました。ただ、陸上部の男の子のグループとすごく仲が良くて、その中にスマブラがめちゃくちゃ強い子がいたんです。その子と戦うために、ゲームキューブのスマブラはたくさんやっていました。みんなで部活動が終わった後に集まって。

 「負けたくない」という気持ちが昔から強かったんですよ。パーティゲームでも必死すぎて爪が割れたこともあったほどで(笑)。

部活のようにゲームセンターに通っていた日々

 中学卒業後は建築士になりたいと言う思いから設計系の学校に通っていたのですが、男の子がほとんど。同級生たちと学校終わりにゲームセンターに行くのが習慣で、仲の良い子が鉄拳をやっていたんです。そこから私も後ろで見たり、やってみたりして。鉄拳と本格的に出会ったのはそのときです。

 グループ内には女の子もいたのですが、制服のままでゲームセンターにいると目立つので話しかけられることが多かったです。知らない人に教えてもらいながら上手くなっていきました(笑)

 女子高生と言うこともあって、仕事帰りのおじさんがわざと負けてくれることも多かったんです。手加減してくれているのはもちろん分かりました。でもやっぱり勝てる嬉しさがあったので、続けて行けたのかなと思います。そうやって少しずつ強くなって来て、本気の対戦でも勝てるようになって行きました。

 みんなで戦って実力を上げて行くのが部活動のような感じでしたね。アルバイトがある時間以外はゲームセンターに行っていたのですが、出費がすごくて。

 高校2年から卒業するまでに、使った額が30万円を超えていたんですよ。卒業までに車の免許も取らないといけないので、教習所代も貯めながら捻出したのですけど、かなり働いていましたね。

 「自分のことは自分でやれ」というタイプの両親だったので、教習所代も携帯代も、高校のお昼ご飯代も自分で払っていました。家の小銭入れから勝手に10円玉をたくさん持って来て、ゲームセンターで両替するなんてこともしていましたけど(笑)。

 私の家庭は門限が20時と早く、かつゲームセンターが遠かったんです。学校が終わるのが16時半くらいで、自転車を必死にこいで17時すぎにゲームセンターに着く。そこから2時間半くらいはいられましたけど、アルバイトを始めてからは、「アルバイトがあるから遅くなる」と嘘をついて22時くらいまでいることもありました。

 ただ、嘘をついてゲームセンターに行った帰りに、パチンコ屋の前で車にひかれたことがあったんです。

 でも、ちょっとひかれたくらいでそんなに大した事故ではありませんでした。「大丈夫です」と言ったのですが、その車に乗っていたのがお休み中の警察官の方で。上司に報告をして、「救急車もすぐに来るから」と言われました。大した怪我でもなかったのですが、そこから病院に連れて行かれて。大事になってしまい…。

 お父さんがすごい顔で駆けつけて来たのを覚えています。アルバイトだったらそのパチンコ屋を通ることはまずないんですよ、ルート的に。そこで、アルバイトと嘘をついてゲームセンターに行っていたことがばれましたね(笑)。

 父親はゲームセンターに行っている私を「不良少女」と言っていて、あまり良くは思っていなかったです。「ゲームセンターでお金を使っていても、何のためにもならない」と。「行くな」とは言われませんでした。でも「行っても意味がないことを分かっておけよ」という感じでした。

 ゲームセンターでは色々な知り合いができて、そういう人たちと話すことはとても楽しかったですけどね。30歳を超えている男性や様々な職業の人と会うことも、普通に生活していたらないと思うので、良い出会いの場でしたね。本当にいろいろな人がいました(笑)。

 様々な人がいる中で「必殺前歯さん」と呼ばれている方がいて、この方がゲームセンターで一番強い「門番」でした。他の人は倒して来たのですけど、この方がなかなか強くて勝てなかった。倒すことができたのは2年目くらいでしたね。高校時代のグループの中で彼を倒すことができたのは、私ともうひとりだけでした。その時にはもう社会人になっていましたけどね。

 この「必殺前歯さん」を倒したことで、地元の徳島で1番強いチームに入ることができました。

突然の会社倒産、アルバイト、転職

 高校卒業後は地元の設計事務所に就職したのですが、そこで社長の水増し請求が発覚したんです! 新聞に大きく載るくらいの事件でした。それを受けて社長が夜逃げして…。月末の給料が未払いのまま、職がなくなってしまいました。たしか高校を卒業して1年くらいだったと思います。

 その会社がたまたま通っていたゲームセンターの近くだったので社会人になっても通っていました。ただ、仕事がかなり忙しくて。朝の8時に出社して夜の11時くらいに終わるという生活でした。でも、ゲームセンターは夜の12時までしかやっていないので、仕事後に1時間くらいだけやると言う感じでしたね。

 もちろん、仕事で疲れすぎて行けない日もありましたね。思い返すと、社会人1年目は仕事が忙しすぎて、そこまでできていなかったです。とは言え、ゲームセンターが良い息抜きにはなっていました。

 会社がつぶれてからはレンタルビデオ店とラーメン屋とコーヒーガールのアルバイトを掛け持ちしました。さすがに3つはきつくてラーメン屋はすぐに辞めたのですが、そのレンタルビデオ店で社員にならないかと誘われて、準社員になりました。ただ、15時〜24時という遅番のシフトだったので、ゲームをする時間はほとんどありませんでした。

 それを理由に1年くらいで辞めたのですが、店長にそれを伝えたときはかなり驚かれましたね(笑)。

 もうひとつのコーヒーガールは本当にやる気がなくて、作業としてお金のためだけにやっていました。その時にユニクロを紹介されたのですが、これが自分に向いていたんですよ。そこで社員になって、3年ほど働いていました。

 労働環境も良かったですね。店長さんがゲーム好きだったので、「大会にも出たい」と話をしたら、「全然いいよ」と言ってくれて。練習時間も確保できましたし、休みをもらうこともできました。

 大会に出始めたのはユニクロに入った20歳くらいからですね。大会は東京や大阪でよく開催されるのですが、香川や神戸でもあったので、そこに行っていました。大会だといつもと違う人と対戦できますし、5人で行ったら、向こうも同じくらいのレベルの5人が出てきて、総当たりで対戦をする。グループには行きつけのゲームセンターの名前がつくので、ゲームセンターの看板を背負って行く感じでしたね。

<写真・撮影:市川 亮>

(次回に続く・・・)

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アスリート一覧

たぬかな

所属
CYCLOPS OSAKA athlete gaming、Team GRAPHT
タイトル
鉄拳
キャラクター
リン・シャオユウ
生年月日
1992年11月21日
経歴
徳島県出身。幼少期から父親の影響でテレビゲームが身近な存在にあり、中学生時代から格闘系のゲームで才能を発揮。高校生になって鉄拳と出会い、めきめきと実力をつけてプロテストに合格し、日本人としては2人目となる女性プロゲーマーとなった。 2017年より競技のため徳島から大阪へ引っ越し、数々の大会に参戦中。
趣味
ミニチュア模型作り
特技
似顔絵

竹中 玲央奈(たけなか れおな)

プロフィール
㈱LinkSports スポーツデジタルマーケティング部部長。スポーツWebメディア「AZrena」や「舞洲Voice」の運営・編集とスポーツチームの管理アプリ「Teamhub」のマーケティングをメインで行う。大学時代から国内サッカーの取材活動を開始し、卒業後は数々のサッカー専門誌へ寄稿。現在も幅広く日本のサッカー現場を取材し、個人のWebマガジンで発信中。ライター/編集者/webディレクターとして、様々なコンテンツメイキングに携わっている。

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