五輪棄権、競技転向…それでも藤森由香の挑戦は続く - Athlete Channel(アスリートチャンネル) - gooスポーツ

goo スポーツ

Athlete ChannelTM

Athlete

スノーボード

藤森 由香

2019/3/14

五輪棄権、競技転向…それでも藤森由香の挑戦は続く

 幼少期にスノーボードを始めた藤森由香選手は、スノーボードクロス、スロープスタイル、そしてビッグエアと様々な競技で活躍し、現役引退を表明後も精力的に活動を続けている。そのスノーボード人生は、バンクーバー五輪を怪我で棄権、苦悩の末の競技転向など、決して平坦な道ではなかった。そんな紆余曲折を乗り越えて来た彼女の真意に迫る。

編集者 竹中 玲央奈
㈱LinkSports

スノーボードが「遊び」から「競技」に変わったとき

 私の父はスキーが大好きで、スキー場の近くでお店を経営したいという夢を持っていました。そんな父の影響を受けて、私は3歳からスキーを始めました。当時はちょうど日本にスノーボードが普及し始めた時期で、父はスノーボードを仕入れて早速商売を始めたんです。そこから私もスノーボードを知って、7歳くらいのときに姉とスノーボードを始めました。

 スキーとスノーボードではやはり勝手が違うので、最初はターンもできなかったですし、転んでばかりで周りの人にたくさんぶつかっていました。姉はすごく滑るのが上手だったので、それを見習って練習して行くうちに徐々に上達しましたね。ただ、すごく寒かったので、毎回寒さで手足がキンキンに冷えて辛かったのは覚えています(笑)。

 私の地元にはスキー場くらいしか遊び場がなかったんです。3歳からスキーをやっていたので、スキー場に行くことにも抵抗はなかったですし、周りの友だちと純粋な遊びとして楽しんでいました。

 その中で実家のスノーボード店でアルバイトをしていたお兄さんとお姉さんに教えてもらうようになり、小学校高学年のときスノーボードクロスの大会に参加する機会がありました。やってみたらすごく面白くて、それからはスノーボードクロスの大会で勝つことを目標に練習していましたね。

 中学のときには、スノーボードで活躍するために陸上部にも入っていました。スノーボードは基礎体力や体幹、瞬発力が必要なんです。最初は100m走をやっていましたが、より瞬発力が必要だと感じて、途中で走り幅跳びに切り替えたりもしていましたね。

 高校生になっても身体を作ることは強く意識していて、ジムにも通っていました。そのころからジュニアワールドカップに選ばれるようになって、3年生からは並行してワールドカップにも出場することができました。怪我で欠場することになった選手の代役という形でしたが、それから徐々に自分の滑りが認められて来て、2005年からはナショナルチームの一員として世界を周ったんです。

脳しんとうによる五輪の棄権と、その「後遺症」

 2005年はトリノ五輪の前年だったので、そのシーズンで結果を出せば五輪に出られる可能性がありました。その重要な年に、ワールドカップで6位に入賞することができて、最後はトリノ五輪の日本代表に選ばれました。

 ただ、五輪の本番前はまったく自信がない状態でした。いざ会場に行ってコースを滑ったのですが、用意されていたような大きなコースは滑ったことがなくて、とにかく難しかったのを覚えています。結果的には7位に入賞しましたが、今思えば良く一日一日を乗り切れたなと思います。とにかく五輪に出られることの喜びが大きかったので、その喜びが上手く不安をカバーしてくれたのかもしれません。

 五輪に出たくても出られない人はたくさんいますし、私より努力しても出られなかった人ももちろんいます。そんな中で出られるだけでも価値がありますし、とにかくこのチャンスを大事にしようと考えていました。

 その次のバンクーバー五輪は、棄権して本戦に出られませんでした。

 大会の直前の練習で転んで脳しんとうを起こしてしまって、気がついたら病院にいたんですよ。もう1回起きたときにテレビで開会式がやっていて、自分が怪我をしたことがわかりました。それから意識がはっきりして来ましたが、とにかくショックでしたし、まともに歩けない状態だったので、棄権せざるをえませんでした。

 1回そのような出来事があったので、次のソチ五輪でも直前に不安がつきまとってしまったんです。また大会前にアクシデントが起こるのではないか…と。

 そのときにはある程度の戦績を残していて注目度も上がっていましたし、トリノのときにはなかったプレッシャーもありました。

引退できていない状況も「幸せ」

 ソチ五輪を終えたあとに、スノーボードクロスはやり切ったような感じがたんです。そして、2015年には競技をスノーボードクロスからスロープスタイルに転向しました。

 もともと2014年にスロープスタイルの全日本選手権に出場して、2位に入って、ナショナルチームに入るか入らないかのレベルまで行きました。実はバンクーバー五輪が終わってから、ずっとやりたいと思っていたスロープスタイルに取り組み始めていて。スノーボードクロスとスロープスタイルの両方でやって行こうと考えていたのですが、諸事情でどちらかの競技で選ばなければいけないという状況になり、スロープスタイルでやって行こうと決めたんです。

 結果としてスポンサーの方々の後押しもあって、スロープスタイルで2018年の平昌五輪に出場することができました。正直、転向を決めてから五輪までの3年間は、かなり忙しかったです。

 転向した直後の2015年は次のシーズンにナショナルチームに入るための練習と経験を積む時間に当てました。結果として2016年の春には全日本選手権で優勝することができて、そのシーズンはナショナルチームの一員として世界を周ることができました。

 平昌五輪が終わったあと、ナショナルチームを抜け、オリンピックに繋がる大会からは身を引きましたが、平昌オリンピックでの滑りを評価され、招待選手だけが出られる世界で最高ランクの大会に何回か招待いただきました。こんなチャンスは滅多にないな…と思い、1月にアメリカで開催された「Xゲーム(X Games)」という大きな大会に出場したのですけど、その時はイベントや撮影なども重なってなかなか練習できず、自分のやりたい技がほとんどできませんでした。

 こういうチャンスのために備えておけば良かったという後悔はありましたね。今思うと現役引退を表明したのに、引退できていないという状況です(笑)。

 でも、それは嬉しいことかなと。どんどん先に目標が出て来るので、落ち着けないことが幸せではあります。巡って来るチャンスを掴むために、レベルアップしなければいけないと自分を奮い立たせています。

<写真・撮影:山本晃子>

(次回に続く…)

< 記事の更新予定は、こちらでお知らせします ⇒ @athlete_channel

アスリート一覧

スノーボード

藤森 由香(ふじもり ゆか)

出身地
長野県
生年月日
1986年6月11日
血液型
A型
身長
160cm
出身校
ジャパン・ウィンタースポーツ・カレッジ
所属
チームアルビレックス新潟
趣味
ショッピング、映画&音楽鑑賞、散歩、部屋模様替え
特技
千切り

関連記事

おすすめの記事

^

「Athlete ChannelTMとは

アスリートとみなさんが、さまざまなテーマを通じて新たに出会える交流の場を目指しています。
アスリートのスポーツに対する想いをはじめ、趣味やプライベート、今実現してみたいことなど、アスリートから発信されるストーリーをお届けします。
【提供:株式会社NTTドコモ、株式会社Candee】