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池田 信太郎

2019/3/7

「話し合いから逃げると強くならない」バドミントン元日本代表・池田信太郎が実践したダブルス“ペア円満”の秘訣

世界選手権で日本初のメダルを獲得し、北京とロンドンの両オリンピックに出場。そんな華々しい経歴を持つバドミントン元日本代表・池田信太郎さんだが、「学生時代は競技であまり活躍できなかった」と話す。実業団に所属して以降の急成長のきっかけとなったのは、ダブルスにおけるコミュニケーションの重要性に気づいたことだった。

 2015年に引退し、現在は外資系企業でコンサルタントとして活躍する池田さんは、競技で培った“コミュ力”が、引退後のビジネスの場でも大きな武器になっているという。陸上競技の元日本代表で、現在は「人間を理解する」ことをライフワークとする為末大さんが聞き手として、池田さんのコミュニケーション論を掘り下げる。

編集者 朽木 誠一郎
ライター

試合中のエラーは「仕事のミス」と似ている

為末:池田さんは主にダブルスの選手でしたよね。

池田:そうですね。大学時代まではシングルスもやっていましたが、実業団に入ってからはずっとダブルスです。

為末:特にロンドン五輪に出場した潮田玲子選手とのペアは「イケシオ」として、メディアにもよく取り上げられていましたよね。ダブルスの試合を観ていて思うのですが、ふたりの選手がコートにいて「こっちに来たらこっちが取る」というような役割分担はあるんですか?

池田:その分担が悩ましいところで。例えば、クロスに来たものはなるべく(対角線上の)Aさんが返し、Bさんはストレートで来たものを絶対に外さない、といった基本的な役割はあります。対角にいる人の方が行動範囲が広いので。でも、「これはどっちだろう」みたいな判断が難しいパターンも当然あって、そういうときに一番、エラーが起きやすいんです。

為末:仕事でも似たような原因で起こるミスがありますよね(笑)。

池田:「どっちもできるけど、どっちがやるんだろう……」という場合ですね(笑)。そういうときに、取りに行くのがパートナーなのか自分なのか、共通認識ができているペアは強いです。

バドミントンというスポーツは、二手三手四手と先を読む力が得点につながります。例えばBさんは「この球はあっちに行ったからAさんが取る」と予想した上で、Aさんが打った瞬間に次の動きをする。AさんはそのBさんの動きをさらに予想して動く。その判断が速く、正確であるほど、勝ちやすいと言えるでしょう。逆に、この判断が遅かったり不正確だったりすると、試合になりません。

必要なのは相手に「任せる」こと

為末:予想とズレているときはどう修正するんですか?

池田:僕の場合、試合中は主にパートナーに合わせますが、明らかなミスは指摘することもあります。

為末:気が立っていて、ケンカになったりもしそうですね。

池田:それでケンカするようなペアではダメですね。一方が主張したら、もう一方がブラッシュアップする。そうするとやがてバチンと「ハマる」感覚になるんです。

為末:「ハマる」というのは…。

池田:自分の意図と、パートナーの意図と、自分の体の動きのメッセージと、ペアの落とす球の質……全部がハマったときに、自分たちの得点になる確率が高まる。それがストレスなくバチンバチンとハマっていくとき、連続得点になります。自分たちだけでなく、対戦相手にもリズムがありますから、それを圧倒するようにこちらのリズムを加速していかなければならない。

為末:そういうとき、コート上でペアは言葉を交わすんですか?

池田:良いリズムのときは会話はしませんね。会話をしていないけど息が合う、不思議な感覚です。まさに阿吽の呼吸というか。

為末:どうすればその状態に到達できるのでしょう。

池田:逆説的ですが、「任せる」ということだと思います。ただし、自分が何もしない、任せきりにする、ということではなくて。

ダブルスでは「自分が自分が」とプレーしても、ペアとの相乗効果なしには掛け算どころか、足し算にもなりません。「二人がひとつのシャトルを追う」となると、また「どっちもできるけど」となって、意外に迷いが生じるものです。この迷いが判断を遅らせ、エラーにつながります。

迷いを断ち切るためにも、最初から「この領域はあなたの方が動けるから任せる」と責任の範囲を明確にし、信頼する。とても勇気のいることですが、この関係が成立すると経験上、良いリズムが生まれます。

「ペア円満」の秘訣

為末:そもそも、ペアはお互い対等な関係なのか、どちらかが主導的なのか、興味があります。

池田:一般的に「よく前にいる選手」がゲームを作る選手だと言われます。ゲームメークができる選手とアグレッシブな攻撃ができる選手、このマッチングで初めてペアとして機能するんですよ。

遠くに打てたり強く打てたりする選手が二人いても、遠くへ打てる、あるいは強く打てるような球が相手から飛んでこなければ、得点につながらない。まず、それを相手に打たせる必要があるんです。

為末:お笑いのコンビでボケが二人、ツッコミが二人いるようなものですね。

池田:言い得ていますね(笑)。バドミントンを始めて数年、経つと、自分がどちらのタイプの選手か、次第にわかってくるものです。トレーニングをすればするほどスマッシュが速くなる人もいるし、そうじゃないけど相手にこちらの狙い通り打たせるのが上手な人もいる。僕はどちらかといえば前にいるのが得意なタイプでした。

為末:タイプの違う人同士でペアを組むわけですが、そのコミュニケーションを円滑にする秘訣はありますか。

池田:「話し合いから逃げると強くならない」というのは強く感じます。ただ仲が良いだけでは勝てないんです。

為末:おもしろいですね。仲が良いともう一歩、踏み込めないのかもしれません。

池田:はい。競技について自分の主張がそれぞれちゃんとあって、時にはそれがぶつかるくらいのレベルじゃないと。成長するのは、そこで感情的なケンカになってしまうのではなく、建設的なディスカッションができたときですね。

もちろん、伝え方は工夫します。ビジネスでも、だらだら会議をしていて質が低いと思ったとして、「こんな会議じゃやる意味がない」なんてハッキリ言ってしまうと、「おやおや?」となって穏やかではなくなりますよね(笑)。

バドミントンも同様に、練習の質が低いときに相手に「こんな練習じゃやる意味がない」と言うのではなく、「あなたの強みを活かしたいからもっとこういう練習をしたい」と言うとか。

「気配り」は自分に返ってくる

為末:海外選手ともペアを組んでいましたよね。

池田:はい。スコットランドやインドネシア、中国の選手とも組みました。

為末:やはり、日本の選手とは勝手が違いましたか?

池田:そうですね、言語の壁はもちろんありました。でも、コミュニケーションはしやすかったです。というのも、海外には「明日の試合はこういう戦術でいきたい」とか、自分の主張を素直に伝えてくれる選手が多いので。アジアの選手はすごいですよ。「負けたくない」という想いが強い。国によって文化も向き合い方も違うので、毎回そこに合わせていくのは大変ではありますが。

為末:池田さんはコミュニケーション能力が高い印象ですが、これはバドミントンで鍛えられたものですか?

池田:コミュニケーション自体は、子どもの頃から得意だったと思います。これが競技のみならず、生きる上で大事だと気づいたのは、実業団の選手になってからですね。

社会人になって強いチームに入り、チームの方針として「池田はシングルスではなくダブルス選手」ということになりました。でも、先輩たちが強くて、ぜんぜん勝てない。「どうすれば自分たちも強くなるんだろう」と考えるようになって、行き着いたのが「ダブルスは良くも悪くもパートナーに影響される」ということだったんです。

一方のモチベーションが下がっている時でも、もう一人が練習をがんばっていれば、それに引き上げられる。でも、双方のモチベーションが下がってしまえば、練習の質は下がるばかりです。

為末:相手のモチベーションが下がらないように、常に気を配ることが必要になるわけですね。そしてそれは、やがて自分にもメリットとして返ってくる、と。

池田:はい。そのために重要なのがコミュニケーションだ、と思うに至りました。

今度の試合はいつで、そのためにこの練習をしっかりがんばっていこう。そう励まし合いつつ練習の質を高めようと取り組んでいたら、結構すぐに強くなったんです。あらためて、コミュニケーションの重要性を実感した瞬間でした。

振り返ると、ダブルスを始めてから結果を出すことができるようになり、その成功体験が引退後の仕事にもつながっている。選手時代に培ったコミュニケーションスキルのおかげで、自分の人生が変わったと言えるかもしれません。

<文:朽木誠一郎>

<写真・撮影:関健作>

(次回に続く・・・)

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池田 信太郎(いけだ しんたろう)

プロフィール
元バドミントンオリンピック選手。世界選手権メダリストにして、日本人初のプロバドミントン選手。北京五輪、ロンドン五輪に出場。
現在、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会アスリート委員会の委員として大会成功にむけた取り組みをリード。
世界バドミントン連盟アスリート委員としてバドミントン競技の普及振興に努めているほか、各種団体、企業、ブランドのアンバサダーとしても活躍。
またトップアスリートの経験を活かして、スポーツ界の発展に貢献するのみならず、企業のアドバイザー、ファッションブランドのPRディレクション、日本の食や農家の質の向上にむけたGAP認証の普及にむけた政府関連機関の取り組みにも参画するなど、ビジネス界における活躍の幅も広げている。2018年8月より外資系の戦略コミュニケーション・コンサルティング企業『フライシュマン・ヒラード・ジャパン』のシニアコンサルティングとして参画。

為末 大(ためすえ だい)

プロフィール
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年3月現在)。現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。

朽木 誠一郎(くちき せいいちろう)

プロフィール
記者・編集者。取材テーマはネットと医療、アスリートなど。1986年生まれ、群馬大学医学部医学科卒。学生時代からライターとして活動、卒後はオウンドメディア、編集プロダクション、報道機関にて勤務。近著『健康を食い物にするメディアたち』(ディスカヴァー携書)発売中。雑誌『Mac Fan』で「医療とApple」連載中。

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