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安彦 考真

2019/3/26

「成功か否かは関係ない」、安彦考真と乙武洋匡が考える「挑戦のストーリー」のあり方

 3月10日に行われたJ3の開幕戦で途中出場し、ひとつの目標としていた最年長Jリーガーデビューを果たした安彦考真選手は、次なる目標としてJリーガー最年長得点を意気込む。

 それから間もなく、義足で歩くためのプロジェクトを支援するクラウドファンディングを募っていた乙武洋匡氏も、目標金額を達成。2000人を超えるサポーターから1700万円を超える支援金が集まった。

 40歳を越えてもなお、しぼむことない挑戦心を持ち続けるふたりだが、意外にも「成功」への執着心はないと語る。その理由とは…。

編集者 竹中 玲央奈
㈱LinkSports

結果がダメでも、その過程に必ずプラスがある

―意地の悪い質問になるかもしれないですけど、「とは言え、ふたりとも十分すごいことをしているので、説得力はないですよ」と感じる人もいるような気がするんですよね。

乙武:「チャレンジ」が語られる時って、主にふたつのケースだと思うんです。ひとつはその人がチャレンジしている最中。もうひとつがチャレンジした結果、成功を収めている。「踏み出せない人たち」に対してチャレンジを身近に感じてもらうためには、そのどちらでもない、失敗談がポジティブに語られるストーリーが必要だと思うんですよ。

 たとえば僕は今、義足で歩くチャレンジをしている。今はチャレンジ中だから、みんなが「頑張れ!」と言ってくれる。だけど成功するかはわからなくて「何年かやったけどできませんでした」となるかもしれない。

 安彦さんもJリーガーとしての契約は取った。でもまだ出場はできていない(※取材時の情報)。 出場するために頑張っているけど、最後まで出場できないかもしれない。そうなった時に僕らが「チャレンジしなきゃ良かった」と思うかと問われると、僕らは思わないですよね。結果は出なかったけれど、「そこまでの過程でこうしたプラスのことがあった」と考えるタイプだから。

 つまり、結果として失敗だったとしても、「やって良かったですよ」と語ると思うんです。それをメディアには積極的に取り上げて欲しいなと思うし、僕らも発信しないといけないなと。みなさんはおそらく、チャレンジの基準を「成功できるかどうか」にこだわりすぎなんですよ。チャレンジした結果、人生にとってプラスの効果が生まれたか…が大事だと思うんです。成功も失敗もプラスにはなると思うんですよ。

安彦:「失敗=マイナス」というネガティブな感覚を変えて行くことが絶対的に必要ですよね。みんな、1回で100点を取ろうとしている気がします。10点を10回重ねれば良いじゃないですか。1点を100回でも良いですし。でも、みんな1回で100点を取れないと止めてしまう。0か100で考えてしまう人が多いと思うので、1点を100回取るつもりでやって行けば自分のものになるし、乙武さんが言っていたように僕らで失敗を重ねて示して行けば良い。

 僕は去年イップス(※スポーツなどの集中すべき場面で身体の一部が極度に震えたり、硬直したりする状態)になってしまったんです。本当にプレーするのも嫌で朝、行けなくなっちゃって。朝、起きても練習行くのが嫌なんです。

乙武:不登校の子のような。

安彦:本当にそうですよ。練習場に行って練習着に着替えてみんなと一緒にロッカールームにいるだけでダメになっちゃうんですよね。「怖い」となって。でもこれを乗り越えなければいけないなと。

 イップスになった人はたくさんいるけど、「イップスを笑って乗り越えた人」にならないと思ったんですよ。そして、それを語り継ぐのが俺の役目。1、2の失敗をゼロにしたりプラスにしたりするのは本田くん(本田圭佑)とかスーパーな人たちの役割。

 僕は失敗10が前提の中、必死に9にしている、8にしている姿を見せなければいけないなと。失敗をポジティブにさせる役目があると思ったんです。

 だから、必死にその1カ月半は毎朝、鏡を見て笑って「残像で笑えたらOK」としました。通りかかった選手に「アビさん、何をしてるんですか」と聞かれることもありました。そういうのを繰り返しながらなんとか自分で乗り越えて来たんです。まさにそういう部分を可視化して行かないといけない。どんどん言葉にして発信しないといけない。

 10失敗する前提で、それを9や8にする姿は泥臭い。でも、そうやって「溺れかけている人」を支えない人はいないよ、と言いたいです。溺れかかったら何かしらみんな投げてくれる。そういう状態を自分が見せることはプラスなのかなと。

乙武:ちなみに1ヵ月半後に「俺、イップスを克服したな」と思えたのはどんな時だったんですか。

安彦:イップスの最初ってファーストプレーから逃げちゃうんですよね。そもそもモチベーションがないので、ずっと逃げた状態。でもあるとき、ファーストプレーで「出せ」と言えたんですよ。ボールを要求できた。その瞬間に「あれ」と思ったんですよね。

 しかもそのプレーが上手く行った。ここが大きな転換点でしたね。それから顔色も変わって、それまでは本当に身体中痛くてしょうがなかったのが、そこがだんだん和らいできた。やはりサッカーはメンタルスポーツの側面もあるのかなと。40の年齢でやり続けるためにはメンタルがとても重要なんだなと。

 カズさん(三浦知良)がいまだにやれているのはそこが大きいのだと思います。えらい向上心があって、ものすごく上手くなりたいとおそらく今でも思っているんですよね。それがなくなったら終わりになるだけなんだなと。

―三浦知良選手はすごい向上心がありますよね。W杯のメンバー発表が終わって選ばれていないときに、「4年後だ」と言ったという話を聞いたことがあるのですが、そこを笑う人はいない。

安彦:先日、横浜FCの試合見に行った際、チームが2-0で負けていてカズさんは出なかったんです。FWとして、2-0で負けている状況で使われないというのは監督から見切られたという部分があると思うんです。でも、カズさんはその試合の後のコメントで、「明日の練習試合で活躍するのみ」だと。アピールするとか悔しさの部分を出すんじゃなくて、とにかくサッカーが好きで俺がそこに取り組む姿を見てほしいと感じているんじゃないかなと。

 純粋にそう言えてしまう姿がすべてなのかなと思ったんです。無理してやっているわけではない。それこそ好きでやっている状態なのかなと思うぐらいですよね。

失敗談が語られない理由

―失敗したストーリーって多くの方が持っていると思うのですが、語られない。恥ずかしいという思いがあるのかなと。ただ、周りの人って言うほど気にしないですよね。

安彦:なんなんでしょうね。失敗に対する羞恥心と言うか、恥ずかしいと言う感じは。

乙武:何が理由でそうなるのかはわからないですけど、邪魔ですよね。成功だけが美徳として語られるだけだと、綺麗事で終わっちゃうので。「チャレンジしたけどダメでした、でもこんな収穫がいっぱいありました」ともっと失敗がポジティブに語られるストーリーをたくさん見たいと思います。

―乙武さんの「義足プロジェクト」はチャレンジという認識なのでしょうか。ただやりたくてやっているのではないでしょうか。どこをゴールにしてと聞くのも変かもしれないですけど。

乙武:表現が難しいのですが、自分で歩きたいと思ってこのプロジェクトをやっているかと思うと、決してそうではないんです。僕は3歳の頃から電動車椅子で生活をしているので、もうすぐで40年経ちます。なので、おそらく車椅子で過ごすほうが楽なんですよ。

 僕のような人間が義足で歩くのは「三重苦」らしいんです。人が歩くことに関しては膝の働きがすごく重要なのですが、僕にはその膝がない。それから腕もないので、転んだ時に手が着けない。バランスも取れないし、ゆえに恐怖心もすごく募ってしまう。それから、歩いていた経験もないというのが大きいらしいんです。

 事故や病気で足を失った人は、義足をつけてあげれば歩いていた当時の感覚を取り戻すことで歩行が可能になるらしいのですけど、僕は歩いていた時期がないので、0からの会得になるんです。なので、使ったことのない筋肉も起こさないといけない。そうした意味で三重苦らしいんです。かなり難易度の高いチャレンジになる。この状況については色々な表現をしていただいたのですが、いちばんしっくり来たのが「健常者が両手を後ろに縛って玉乗りの練習をしているイメージ」でした。

安彦:怖いですね。

乙武:でもなんでやっているか…。今回は膝にモーターが入ったロボティクス義足なんです。こうした義足を使って僕が歩けるようになった姿を広く周知できれば、これまで自分の足で歩くのを諦めていた人々に、「自分も将来歩けるようになるかもしれない」という光を見せられるかもしれない。こうした世界を実現したいというワクワクでしかないんですよ。実際に去年の11月にプロジェクトが発表されて、テレビとかでも放映していただいたら、思いのほか「感動しました」という声が多かった。僕らプロジェクト・メンバーは意外にキョトンとしてしまったんです。

<写真・撮影:市川 亮>

(次回に続く…)

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サッカー

安彦 考真(あびこ たかまさ)

生年月日
1978年2月1日(41歳)
出身地
神奈川県相模原市
身長
175cm
体重
74kg
在籍チーム
Y.S.C.C.横浜
ポジション
FW
背番号
41

乙武 洋匡(おとたけ ひろただ)

プロフィール
大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。
卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。
教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。

竹中 玲央奈(たけなか れおな)

プロフィール
㈱LinkSports スポーツデジタルマーケティング部部長。スポーツWebメディア「AZrena」や「舞洲Voice」の運営・編集とスポーツチームの管理アプリ「Teamhub」のマーケティングをメインで行う。大学時代から国内サッカーの取材活動を開始し、卒業後は数々のサッカー専門誌へ寄稿。現在も幅広く日本のサッカー現場を取材し、個人のWebマガジンで発信中。ライター/編集者/webディレクターとして、様々なコンテンツメイキングに携わっている。

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