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安彦 考真

2019/3/19

安彦考真×乙武洋匡、「チャレンジ」を続けて来た40代のふたりが語る生存戦略

 3月10日に開幕した明治安田生命J3リーグの開幕戦にて、安彦考真選手は史上最年長Jリーグデビュー(41歳1か月9日)を果たした。これはJリーグ創設時、神様ジーコが記録した40歳2か月13日を上回る。40歳からのJデビューという「無謀」と見られる挑戦を続けて来た彼が、様々なフィールドで活動を続ける乙武洋匡氏と「チャレンジ」の真髄について熱い議論を交わす。

編集者 竹中 玲央奈
㈱LinkSports

――時代の流れもあり、「チャレンジしていること」を誰でもSNSで発信できるようになりましたが、それが多くの人の背中を押す時代にもなって来たのかなとは思います。

乙武:そうですね。これまではマスコミのみが情報を伝える媒体だったので、ものすごくネームバリューのある人、もしくは本当にものすごく世界的な挑戦をしている人のことしか伝わらなかったと思います。でも、今おっしゃった通りSNSの普及によって色々なグレードのチャレンジを目にするようになった。世界レベルのものや著名人のチャレンジを見せられても、やはり一般の方々からしたら雲の上の話で…。

安彦:自分ごととは思えないですからね。

乙武:距離ができてしまうんですよ。でも、「この人は3ヵ月前までは自分と同じ境遇だったんだ、なのに今決意を新たに頑張って3ヵ月経ったらこんなに違いが生じている」と思える機会も増えて来たのかなと。「自分側」にいる人のチャレンジを目にすることができるようになった、というのはSNSの大きな特徴かなと思います。

安彦:それは本当に大きいですね。おっしゃった通りテレビで取り上げられるものは、自分じゃ成しえないような、夢の国の話で終わってしまうもの。ただ、SNSの登場によって自分ごととして感じられるというのは大きいと思います。

乙武:例えばカズさん(三浦知良)の挑戦はテレビでも観られますけど、安彦さんの挑戦に触れられる場はインターネットだと思うんですよ。これは大きくて、サッカー少年ならぬ「サッカー中年」は、カズさんを見て「すごいな」とは思っても、「俺にもできるはず」とは思わないですよね。元日本代表のレジェンドですから、さすがに自分とは重ねない。でも、安彦さんの頑張る姿は、正直「俺にもできるかも」と思わせてくれるんですよ。スタートラインが自分に近いと感じさせてくれるから。まあ、本当はなかなかできないことなんですけどね。

――キャリア軸のお話をしたいのですが、スポーツ界でよく話される「セカンドキャリア」という言葉に違和感を覚えることもあります。色々並行してやって行くのがこれからの時代の流れになるのかなと。ただ、乙武さんはこの考えがメジャーになる前から実践して来ましたよね。

「何者かわからない」というすごい強み

安彦:僕は「何者かわからない」というのはすごい強みだと考えているんです。名刺の肩書がないと、その人が何者かわからなかった。会社名と肩書によって、その人の存在証明がされていた。ただ、今は「何者かわからない」ほうが価値がある。その人自身の世界観を、たとえばフリーライターとしても、サッカー選手としても表現すれば良いわけです。僕はセカンドキャリアのあり方も「言葉先行」になっているなと。仕事を増やせば良いという問題でもないですし、その人の世界観を表現できる場所を増やすというところがキャリアのあり方かなと考えています。

乙武:「セカンドキャリア」という言葉自体が若干ネガティブな要素を含んでいるように感じるんですよね。ファーストキャリアよりも「格落ち」感がある。ここに僕は問題があると思っているんです。セカンドキャリアのほうがファーストキャリアよりも輝いているという現状があって良いし、むしろ誰もがそうなっていくことが理想だと思うんです。

 僕は昔から「肩書きはなんですか」と聞かれることが多いのですが、そもそも自分の肩書きに興味がないんですよ。僕がやりたいことというのは障がい者を含めた様々な境遇の人に平等なチャンスや選択肢が与えられる社会を実現すること。これが一番やりたいことなんですよね。その中でまずそういうメッセージを発信しなければいけない。ただ、発信って発する側、送り手側だけでは成り立たない。受信側、受け手も必要になって来ますよね。でも受け手にはいろんな方がいて、たとえば「文字で情報を受け取ることが、いちばん身近だし得意だ」という人がいるなら、そういう方々に向けて僕は文章を書いていきたいと思います。「自分はテレビから情報を受け取ることが身近だし、得意だ」という人がいるなら積極的にテレビに出ていきたい。「直にその人にお会いして話を聞いてメッセージを受け取りたいんだ」という方がいるなら、全国各地に講演会に出かけていきたい。相手がどういうチャンネルを持っているかわからないからこそ、自分が多くのチャンネルを持つしかないと思うんです。

安彦:僕もJリーガーになる前は「安彦って何やっているの」と言われていたんです。マネージメント業、指導者、学校職員…「何者なんだ」と思われていた時期はかなり長かったと思うのですが、Jリーガーになった途端に「Jリーガー」という肩書きがつく。とてもありがたいことなのですが、そうなるとチャンネルがひとつに偏っちゃうんです。型が決まってしまうことによって特定の人にしか届けられないという部分がある。それぞれ違うチャンネルを持たないといけないなというのは改めてちょっと思いましたね。

「職業アスリート」と「プロアスリート」

乙武:安彦さんのインタビューをいくつか読ませていただいた中で、僕が「安彦ファン」になった要素があるんです。これは否定でも肯定でもなくただの違いとして捉えていただきたいのですが、多くのJリーガーは「職業アスリート」だと思っていたんです。これは普段から思っていたわけではなく、安彦さんのインタビューを読んでいて感じたことなのですが…。

 サッカーが人並み外れてうまいという能力を活かして、お金を稼ぎチームの勝利に貢献をする。言ってみれば、これはある人が数字を扱う能力や対人コミュニケーション能力などのスキルを活かしてお金を稼ぎ、会社の業績を伸ばす事に貢献することと一緒だと思うんです。だから、言ってみれば「職業アスリート」。ところが安彦さんが目指しているアスリート像というのは、サッカーというスポーツを通じて、ピッチの上で自分がどんな生き様を見せるのか、人々をどうモチベートするのかというところなのかなと。そこに熱意を注いでいる人だと思ったので、僕はこういう人を「プロアスリート」と呼びたいなと思ったんですよ。

安彦:そう言っていただけるだけでもう十分です。

乙武:一般的にプロというと、その道で食べていけるかどうか、お給料をもらっているか、ということを定義としていますよね。ただ、それは「職業」であって、安彦さんの姿勢こそ「プロ」と呼ぶべきものなのかなと思ったんですよね。

――乙武さんがチャレンジをして行く中で、安彦さんが経験したような「自分から離れて行く人」はいたのでしょうか。チャンレジするにあたって、そこもひとつの怖さだと思うんです。

乙武:僕の場合は『五体不満足』で世の中に登場した時点で「何かを頑張っている人」というイメージがついていたので、そこはあまりなかったですかね。安彦さんのインタビューを読んでファンになったとお話ししましたが、ちょっと考えさせられたことが一個あって。僕もいろんなチャレンジをしてきたし、今取り組んでいる「義足プロジェクト」についても、「やりたいからやっているだけだ」と。それを見た周囲の人が「感動した」、「自分も頑張ろうと思った」と感じてくださることははっきり言って副次的なものであって、僕はそこを目指してきたわけではありません。それは、もともと障がい者が感動の対象として消費してきた「感動ポルノ」という歴史があるからこそ、より「相手をモチベートすること」を拒む気持ちが強くあったのかなとは思うんですけど。

安彦:乙武さんのモチベーションは「どこかで誰かの何かになりたい」というよりかは同じ障がい者というか仲間に対しての思いみたいなものが強いのでしょうか。

乙武:「障がい者」に限定した思いではないんです。たとえばLGBTだったり、たとえば経済的に厳しい環境の中で育ってきた人だったりと、自分が望んで背負ったものじゃないのに、スタートラインに立つまでに高い壁があるという人のために、という思いが強いですね。50年後、100年後の社会において「乙武とかいうおっさんがいたおかげで障がい者も多少は生きやすい社会になったよね」とか、「こういう仕事をしたい」という人が出てきた時に「車椅子の人は無理でしょう」、「障がいある人は無理でしょう」と門前払いされることなく、「何十年も前に乙武とかいう男がいて、この仕事をやってたらしいから、あなたにもできるかもね」と言われるような、そんな社会にはしておきたいなと思っています。少なくとも扉くらいは開けておきたいなと。

<写真・撮影:市川 亮>

(次回に続く・・・)

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サッカー

安彦 考真(あびこ たかまさ)

生年月日
1978年2月1日(41歳)
出身地
神奈川県相模原市
身長
175cm
体重
74kg
在籍チーム
Y.S.C.C.横浜
ポジション
FW
背番号
41

乙武 洋匡(おとたけ ひろただ)

プロフィール
大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。
卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。
教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。

竹中 玲央奈(たけなか れおな)

プロフィール
㈱LinkSports スポーツデジタルマーケティング部部長。スポーツWebメディア「AZrena」や「舞洲Voice」の運営・編集とスポーツチームの管理アプリ「Teamhub」のマーケティングをメインで行う。大学時代から国内サッカーの取材活動を開始し、卒業後は数々のサッカー専門誌へ寄稿。現在も幅広く日本のサッカー現場を取材し、個人のWebマガジンで発信中。ライター/編集者/webディレクターとして、様々なコンテンツメイキングに携わっている。

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