W杯による代表の多様性浸透と子どもたちへのラグビー認知に期待
スーパーラグビー・ハイランダーズでの武者修行のため、ニュージーランドに旅立ったNTTドコモ・レッドハリケーンズの金勇輝は渡航前、いよいよ今年9月に開幕するラグビーワールドカップ2019日本開催への思いも語っていた。ワールドカップイヤーを契機に、どうすれば日本の子どもたちにラグビーを知ってもらい、プレーしてもらえるか…。そこにはラグビー普及への、あまり知られていない真摯な取り組みも…。
ラグビー代表チームの多様性を根づかせる
9月に日本で開催されるワールドカップについては、やっぱり正直、焦りはあります。「盛り上がると良いな」なんて呑気な気分ではなく「このまま傍観者でいてはいけない!」という気持ちのほうが強い。
代表チームには同世代がたくさんいますし、チームの中心として活躍してもいます。みんな仲間であり、友達であり、中学や高校から全国大会を目指し切磋琢磨したライバルでもあります。アンダーやユース世代では、自分も一緒に海外遠征にも行きました。
こうしたメンバーとは、20歳までは同じレベルにいたはずなのに、今はもっと強いチームで活躍し、日本代表入りしている。現状では引き離されて、立っている位置として負けているかもしれない。でも、僕も決して諦めたわけじゃない。これからも日本代表目指して、頑張ります!
先日、(日本代表の)山田さんの記事も読んだんです。国際的感覚と多様性について語っていて、ひどく共感しました。また、どこかで「ラグビー日本代表には外国人が多い…という話題は、もう止めないですか」という記事も見かけました。
各国ともそこがラグビー代表チームの特徴なんです。日本代表にもいろんな国籍の選手がいて、それでも日本の誇りを持って戦っている。自分のアイデンティティを表現し、認め合って、助け合って戦う、それがラグビー代表の良いところ。
日本代表だけではなく、ニュージーランド代表にもフィジーとかサモアの人がいたり、イングランドもそうです。日本でワールドカップが行われることによって、そのラグビーの価値観や文化を国民に広めたい。名前とか、肌の色とかで判断するのではなく、多様性を持つみんなで共存する、ダイバーシティを認める社会になって行く。ただ単に「ラグビーが好き」というんではなく、ワールドカップによって、そうしたラグビーの「考え方」が根づいて欲しいですね。
3年前のニュージーランド留学でも印象的なことがあって…。チームメートに、サモア、トンガ、フィジー、ニュージーランドマオリと選手たちがいて、でもぱっと見で違いはわからない。
逆に向こうからは「ジャパンから来たキムって何」と思われたみたいで「ジャパニーズか、コーリアンか、チャイニーズか…」と聞かれ「わはははは!」みたいな…。「日本で生まれて、日本に住んでるコーリアンだ」と答えると「おお、ナイス」みたいに受け入れてもらえた。
「オレもみんなはわからへんけど、どう」と聞くと、それぞれ「オレはサモア」、「オレはトンガ」と自己紹介。ひとりが「トンガが一番強い」と発言すると「いやいや、マオリが一番」と主張し合う、でもとても和気あいあいとやっている。
みんなお互いの誇りを持ったまま、ニュージーランド代表を目指す選手たち。ルーツもあって誇りもあってプライドもあり、でもお互いに認めて合っている。いいなぁと思いました。
世界にはいろんな問題がある。ネットを覗けば心ない書き込みがあったりとか…。僕自身、大阪で生まれて大阪で育ったコーリアン4世として生きて来て、学生時代には「朝鮮人が!」と言われ、傷ついたこともある。でも外国に出て、広い世界を見たときに、こういう世界があると知りました。
18歳で日本代表に選ばれた時も、恥ずかしがることなく「きむよんひ」として本名を名乗り、代表を背負って世界と戦って来た。しっかりとアイデンティティを持ちながらも、所属する組織で活躍する…ラグビーの価値観が、自分にマッチしていると思っています。
ラグビーワールドカップがやって来ることによって、そんな多様性が日本にも根づくと、この大会の意義があるなぁと思っています。
ラグビー認知のためにパワポで講義
ラグビーは、どうしても野球やサッカーに比べて、日本ではマイナースポーツですよね。まずは「ラグビーってスポーツがあるんだ!」と子どもたちに知ってもらうことが大事だな…と思っています。そもそも「ラグビーは知ってるけど、やるつもりはない」という子どもには強制できないですからね。まずは、子どもたちにラグビーを知ってもらうことです。
レッドハリケーンズも大阪市主催の「夢・授業」というプログラムに参加しています。トップアスリートが、もちろんラグビーだけではなくいろいろなスポーツが対象なんですが、市立の小中学校に講師として派遣され話をし、実技指導し、子どもたちにスポーツへの関心を促して、夢や目標を持ってもらうという目的で実施されているんです。
僕もここで講師をしたりしてます。ただスポーツに触れる…「プロの選手が来たよ、一緒に遊んだよ…」という風化して行く記憶を作るんではなく、最初のひとコマでは、パワポを使って講義をする。「ラグビーってこんなもの」、「トップリーグって」、「ラグビー人生で、こんな失敗があった」とか…。講義で子どもたちに夢を与え、もうひとコマが外での実技になります。
150人規模の講義だったりするので、講師も持ち回り。パワポも、チームの歴代の講師の資料を参考にし、チームで考えながら作ってます。学校や年齢によって反応が違うので、対象学年によって中身を変えますし、プレゼン内容を入れ替えたり…けっこう目を輝かして聞いてくれるんですよ。
後日、ちゃんと感想文が来るんです。こんなキーワードが「胸に刺さったので、私も夢に向かって頑張ろうと思います!」みたいに、夢について書いてくれる子どもたちが多いです。
プレゼンの練習も、勉強もしてますよ。手法もできるだけ、一方的な講義ではなく、双方向で参加型の授業にしています。「このロゴは何のスポーツかわかるひと〜!」と聞いて、最初はわかりやすい野球やサッカーのロゴを見せ、最後にトップリーグのロゴを見せて「これがラグビーです。覚えてくださいね」とか…。「質問です。夢を持っていて発表できる子はいますか」と聞いて、「はい」と手を挙げやすい環境を作るとか…。
最初にレッドハリケーンズのビデオを見せて、タックルのすごさとかを見せてから話すと、すぐに話に入ってくれますよね。
すでにラグビーをやってる子どもたちの口コミが重要だと思います。「ラグビー面白いよ」って叫ぶだけでは、効果がなくて「友達のAくんがやってる…」のほうが子どもたちには印象強い。できるだけラグビースクールに足を運んで子どもたちと一緒に練習するように心がけてます。ラグビーをやっている子が、「ラグビーはいいよ」って言ってくれる環境を作るほうが影響力は大きいかなっと。
ただ、順番として、ラグビーが好き、だからトップリーグ見に行こう。ハリケーンズが良いなぁ、だから金選手見に行こう! とはならないと思うんですよ。「勇輝が出るなら、オレも見に行くわ」だと思うんです。選手が入口で、ラグビーが面白いな…と思ってもらえる。だから選手の発信力から、見に行くほうが、入りやすいと思ってるんですよね。
アスリートの発信は、自分からの発信は、難しくて地道な活動ですよね。でも、例えば、いつも通っている街の定食屋さんに「ぜひ見に来てください」と、自分の身の回りにしっかりアピールすることは大事だなっと思います。
SNSも世界にアピールできるツールなので活用していきたいとは思っています。ニュージーランドでは「こんなことやってる」とつぶやくのは、日本にいる人も楽しみかもしれませんし…。
先程の夢授業でも、子どもたちに「だって」、「でも」、「自分なんか」は「NGワードです」って教えてるんです。でもその割には、「看板選手ではない、自分がつぶやいていいんかな」と思ってしまって…。「自分ができてないのに、何をえらそうに、子どもたちに教えてんや」って思った時に「知名度が低い自分やけど、できることからやってみよう」と思い直しました。実はそれで、今回の取材も手を挙げさせてもらったんです。
R-指定さんとラップバトル!?
今、youtubeで日本語ラップにハマってます。僕もそれに便乗してファンになった感じです。ラップはけっこう長いこと見てるんですよ。ちょっと酔っ払ってカラオケで、ラップバトルしたりする程度なんですけどね(笑)。
歌いながら、あんな短い時間の合間に韻を踏むなんて、むちゃ尊敬している点。ストリートミュージックなんで恵まれない子が路上でラップバトルをした…みたいな点にのめりこんで。オレは、ラグビーしか知らんしな…と。
社会的に蔑まされることもありますけど、ラップって多様でコンプレックスを書いた文化。「オレはこんな根暗で差別されて貧乏で生きてきたけど…」みたいなのを歌にして、それを文化にしている。中学校も行ってない俺が、早稲田のインテリに勝つ! みたいなドラマがあるのは興味深いです(笑)。
「R-指定」さんって大阪出身の方が、関西弁でむちゃ面白くてかっこ良くて、会ってみたいなぁと思っています。
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こうして出発した金選手、この後もニュージーランドからのホットなラグビー情報を発信してくれることを期待したい。帰国した際には、R-指定さんとラップバトルが待っている…かも。