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池田 信太郎

2019/3/11

過失割合“百ゼロ”のミスは存在しない バドミントン元日本代表・池田信太郎の「マイナスをプラスに変える」考え方

「実業団時代にダブルスへ転向したことをきっかけに、コミュニケーションの重要性を実感しました」そう振り返る池田信太郎さんは、世界選手権で日本初のメダルを獲得、北京とロンドンの両オリンピックに出場し、日本のバドミントン競技を牽引してきた第一人者。陸上競技元日本代表・為末大さんとの対談では、ピンチをチャンスに転換する逆転の思考法など、元アスリート同士でしか引き出せないやり取りが続く。

編集者 朽木 誠一郎
ライター

前編:「話し合いから逃げると強くならない」バドミントン元日本代表・池田信太郎が実践したダブルス“ペア円満”の秘訣

「一つのミスは二人のミス」

為末:嫌なことを聞くようですが、試合に負けたあとは、どんなコミュニケーションをとっていましたか。「あれは自分(相手)のミス」といったように、責任の所在をはっきりさせるとか……。

池田:いや、それはしませんでした。二人で試合をしていると、双方わかっているものなので。あえて「あなたの責任」と指摘するのは、翻せば「自分には責任がない」と主張しているようなものです。

でも、サーブミスなどを別にすれば、過失割合“百ゼロ”のミス、100%パートナーのせい、というのは存在しないでしょう。一つのミスは二人のミス。これはコミュニケーションの大前提だと思うんです。なので、まず相手をしっかり肯定してから、改善のために提案、というやり方を心がけていました。

為末:やはり、褒めるのは大事ですか?

池田:大事ですね。日本人は不得意でもあるんですが。

海外選手だと、得点が入ったらハグをしたりハイタッチをしたりと、スキンシップの文化がある。また、強いペアは、しっかり相手の目を見て話します。パートナーを尊重していることをちゃんと態度で示すと、いいプレーができるものです。こういったコミュニケーションは、苦しい状況下でも有効で、それを乗り越える力になるんですよ。

為末:非言語のコミュニケーションって、スポーツの現場だともろに勝ち負けに影響しますよね。世の中ではまだまだ、その力が軽視されているような気がする。

池田:その価値を証明するのがスポーツなのかもしれませんね。

スポーツにおける「自責」のメリット

為末:他に、NGなコミュニケーションの例はありますか?

池田:パートナーを責めないことですね。例えば、バドミントンではいつものパートナーとペアを替えて練習試合をすることがあります。すると中には、負けて「ペアの相手が下手だから」「自分のプレーはいいんだけど」みたいなアピールをする人がいるんですよ。

為末:「自分のせいじゃない」と。仕事でもよくありますよね(苦笑)。

池田:それはシンプルにカッコ悪いし、結局、ベストを尽くしていないとも思います。自分が上手なのだとしたら、誰と組んでも、その人の能力を引き出せるようにがんばらないと、ベストを尽くしたとは言えないじゃないですか。

為末:たとえ負けても、得られるものがあるのとないのでは、大きく違いますね。

池田:ですね。よく思い出すのは、日本代表のパク(パク・ジュボン)ヘッドコーチが初めて日本に来たときのことです。僕はそのとき足をケガしていて、試合で若い選手に負けたんですが、それを見かけたパクさんに「なんで負けたの?」と聞かれて、「足の調子が悪くて」と答えたんです。そしたらパクさんは「痛いなりに努力したの?」「痛いなりにベストを尽くした?」と。

たしかに、僕は「足が痛いからもういいや」って思ってしまっていた。パクさんは「痛いのは見ればわかる」「痛いなりに今、自分に何ができるかを考えるのがアスリートだ」と。これは、マイナスをプラスに変える考え方ですよね。

為末:これも日本人は不得意な発想かもしれません。

池田:パクさんは当時40代前半だったんですが、練習試合でめちゃくちゃ強いんですよ。それは負けた言い訳をせずに、常に本気だから。当然、選手ほどは練習できていないわけですが、それでもベストを尽くすし、負けたらものすごく悔しがる。

僕らだと「練習してないし仕方ない」みたいに思いがちですが、パクさんは「練習できてなくても負けたら悔しい」なんですね。動きは悪いけど、戦術を駆使して動かなくてもいいプレースタイルで戦う。ぜんぜん動かないパクさんになぜか負けるので、ムカつくわーって(笑)。言い訳しない姿勢みたいのもは、すごく勉強になりましたね。

「ペア競技」の本当のところ

為末:陸上競技は個人競技なので、池田さんの考え方の違いがとてもおもしろいです。ペア競技ならではの難しさもあったのでは?

池田:パートナーがいないと僕の仕事は成り立たないので、一人では意思決定ができないことがよくありました。

例えば自分がメディアの取材を受けるとして、練習に充てられる時間をそこに割くのを、パートナーは快く思わないかもしれない。やっぱり別々の人間なので、考えていることがすべて合致する、というのは難しいんですよね。

為末:それでも、池田さんは現役時代に、特定の選手と比較的、長くペアを組まれています。コミュニケーションは時間の経過とともに変化するものですか?

池田:コミュニケーションの量自体は、強くなるほど圧倒的に少なくなるんです。もちろん、強くなるまでには量も必要なんですけど。練習や試合を乗り越えていくと、そんなに言葉がなくても、相手の意図がわかるレベルになる。

為末:本当にベテランのお笑いコンビみたいですね。

池田:競技に関するディスカッションは頻繁にコミュニケーションをとりますが、プライベートの情報交換はそれに比べて少ないと思います。

もちろん、相手にもよると思うんです。年上なのか年下なのか、気を使ったほうがいいのかそうじゃないのか。テンションの高低や機嫌の良し悪しもあります。機嫌がいいときは強めに言っても大丈夫だけど、そうじゃないときは「今、提案しないほうがいいな」とか。

僕は相手の気分や態度をみながら何を提案したらいいのかを考えていましたね。ちょっと話してみて「今日のパートナーは機嫌がいいな」とか様子を伺っていました(笑)。

人と人とが向き合う価値はなくならない

為末:実業団以降は順風満帆にも思えますが、悩みなどはなかったのでしょうか。

池田:現役時代にすごくつらかったのは、競技に集中しなきゃいけないのに、外野からいろいろ言われると、意外と真に受けて考えてしまう、ということでした。ブレないようにしていたけど、振り返るとブレていた時期もありますね。

為末:池田さんの高いコミュニケーション能力の裏表のような気もしますね。共感できるからパートナーのことがわかるけど、他の人の意見も自分の中に入ってきてしまう。

池田:ありますね。為末さんはそういうこと、なかったですか?

為末:僕も似たタイプなんですよ。入ってくるものは防げないので、「人がいないところに行くしかない」と思って。だから、一人きりで遠い国に遠征するなど、環境を切り替えて対応していました(笑)。

逆に、コミュニケーション能力が低く、自分のことだけに没頭できる選手の方が、爆発的な力を発揮できることもありますから、周囲に気を配れば配るほどいいというわけでもなさそうです。

池田:スポーツにおいて最強なのは、自分が無敵だと信じ込めるマインドですからね。外に心を開いていると、その妨げになりかねない。

為末:バランスが難しいですよね。うーん、コミュニケーションって、いったい何なんでしょう。池田さんはどう思いますか?

池田:ズバッと出てこないですが……強いて言えば“絶対になくならないもの”ですね。

僕は「人と人が向き合って話す価値はなくならない」と思っています。コミュニケーションの手法はどんどんスマートになって、メールやチャットで完結することが増えているでしょう。だからこそ、希少性を持った「向き合って話す」ということの価値が高まると思うんです。

為末:必須科目になるかもしれませんよね。「国語・算数・理科・コミュニケーション」みたいな。

池田:たしかに、コミュニケーションが重要だとはよく言われるのに、それをちゃんと学ぶシステムが日本にあるかというと、まだあまり一般的ではないですもんね。

為末:ですね。そういえば以前、海外でリーダーシップについて学んだ人から教わったのは、リーダーシップとは“関係するステークホルダーとコミュニケーションをとりながら、自分の描く未来へ近づけていくスキル”。この定義に沿えば、コミュニケーションは特定の目的を達成するために人を動かすツールである、と。

ペア競技なら、勝利という目的のために、コミュニケーションによってパートナーを良い方向へ動かしているわけですよね。

池田:アスリートでなくても、体育の授業のバスケで「パス!パス!」とアピールする経験、あれだってコミュニケーションの練習ですからね。

僕は後輩に「ダブルスの経験は社会に出たら絶対に役に立つから」とよく言います。実際、引退してビジネスの世界に入ると、コミュニケーションが多様で複雑になっている今、その重要性はますます高まっていると感じる場面が多い。コミュニケーション能力の養成という観点からも、社会がもっとスポーツを活用してくれたらと思います。

<文:朽木誠一郎>

<写真・撮影:関健作>

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池田 信太郎(いけだ しんたろう)

プロフィール
元バドミントンオリンピック選手。世界選手権メダリストにして、日本人初のプロバドミントン選手。北京五輪、ロンドン五輪に出場。
現在、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会アスリート委員会の委員として大会成功にむけた取り組みをリード。
世界バドミントン連盟アスリート委員としてバドミントン競技の普及振興に努めているほか、各種団体、企業、ブランドのアンバサダーとしても活躍。
またトップアスリートの経験を活かして、スポーツ界の発展に貢献するのみならず、企業のアドバイザー、ファッションブランドのPRディレクション、日本の食や農家の質の向上にむけたGAP認証の普及にむけた政府関連機関の取り組みにも参画するなど、ビジネス界における活躍の幅も広げている。2018年8月より外資系の戦略コミュニケーション・コンサルティング企業『フライシュマン・ヒラード・ジャパン』のシニアコンサルティングとして参画。

為末 大(ためすえ だい)

プロフィール
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年3月現在)。現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。

朽木 誠一郎(くちき せいいちろう)

プロフィール
記者・編集者。取材テーマはネットと医療、アスリートなど。1986年生まれ、群馬大学医学部医学科卒。学生時代からライターとして活動、卒後はオウンドメディア、編集プロダクション、報道機関にて勤務。近著『健康を食い物にするメディアたち』(ディスカヴァー携書)発売中。雑誌『Mac Fan』で「医療とApple」連載中。

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